2005年08月12日

紺屋一座との出会い


忍者茂兵衛伝説

出会いはいつだっただろう?ふと考えた・・・思い出せん。
ずいぶん付き合いも長いような・・短いような。
会えばほとんど一緒に呑んでる感じ・・そんな彼らに
あらためて、まじめに聞いてみたこと・・・耳

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まず、紺屋茂兵衛の名前の由来は?

ぼく、日高村出身ながよ。この村に忍者茂兵衛の伝説がある。
小学生の頃、伊野に引っ越して、転校先の「あだ名」がそれ・・
で、大人になって、染め物の仕事するようになって「紺屋」を
くっつけ、「紺屋茂兵衛」と名乗ってるとか。

音楽にはいつから興味を?

中学2年生頃、フォークソングが流行し、感化された。
当時は「吉田拓郎」さん「井上陽水」さんとかの唄にはまり
ギター始めたんよ。
・・・・よくあるパターンやねえ。
その後、グループ作ってオリジナルの曲をめざした。ライブハウス
で唄ったりしながら、今日に・・・

曲作りはどうやって?

う〜ん・・自分が抱いてきたイメージやねえ。・・・日高村とか
伊野で育ってきた感性ですかねえ。
染め物も曲作りも、「作る」というところがおんなじやねえ。

おちかさんとの出会いは?

コスモスというグループで音楽活動していた頃にね知人の紹介で
知りました。で・・つきあうようになって・・・わーい(嬉しい顔)

あなた達が今後めざす音楽って?
そうやねえ・・おとなのフォーク・・・
このままずっと自分を楽しみながら、豊かな気持ちで
生きていけたら・・・

以上、飄々と話してくれました。ありがとうです。ぼくは彼らの
音楽が、いや「詩」が好きなんですね。
それは、どこかに捨てちゃいけない「大切な心」を思い出させて
くれるから・・・。みなさんも一度聞いて、読んでみてよね。

茂兵衛さん、世の中には対でなりたつこと多いよね。あなたには
「豆電球」という対も神様が与えてくれた運命やろうねえ。
僕には、とっても羨ましい世界であり、そのなかに混ぜて貰ってる
自分が嬉しいんですよ。
酔っぱらって迷惑かけるかもしれんけど、、よろしく頼みます。





posted by わくわく村長 at 20:02| 高知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化芸能部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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