2006年01月24日

少年時代2


ふたりの先生


     当時の分校は地区集会所になってる。

   ほんとうにここで運動会したり、野外映画なんて

   やってたんだろうかと思うくらい狭いけどなあ・・

     DSC05717.jpg

  この分校で過ごした4年間というのは、現在のぼくの人生の

       土台となっていると思われる。

  それぐらい、影響を受けた分校時代だったと言える。

  なかでも、ふたりの先生の存在が大きかっただろうなあ。

  1〜2年生の担当が女の先生。3〜4年生の担当が男の先生

          と決められていた。

  なかでも、男の先生はほんとうに人間味にあふれるおもしろい

  先生で、お天気の良い日には教室に子どもを閉じこめること

  しなかった。外は、そりゃあ山の中だから自然に囲まれている

  訳で、自然観察や何かの実験にはもってこいなのだ・・・・

  魚を捕ったり、うなぎを釣ったり、あるいは田んぼや山の中で

  遊びやら授業やらわからないような感じでわいわい楽しんだよ。

    たぶん誰よりも先生が楽しんでいたと思うなあ。

  うなぎでも釣ろうものなら、万歳しながら大声で褒めてくれる。

  まてよ・・そういえば、このうなぎどうなったがやろう。

   きっと酒好きな先生の晩酌の肴になったんやろうねえ。

  
   男先生はカメラ持ってた。自慢のカメラなのだ。

  遠足や学校行事などこまめに撮してくれたので、なつかしく

        思い出に浸れるのである。

  昭和30年頃って、想像してみるにかなり高価なモノに

  違いないけど・・ほんとうにたくさん残してくれたなあ。

  でも・・何故だろう。みんなとの写真みると、いつも

     決まって僕は隅のほうでいじけてるふらふら

  ふてくされたその態度は、かなり先生をテコずらせた様子。

   で、機嫌のいい日は決まって両側に女の子が居て

          上機嫌なのだわーい(嬉しい顔)

     あっ・・いまもおんなじや

           って思ってな〜い?ちっ(怒った顔)


  女の先生は怖かったあ。なんか叱られてばかりだった気が

  するけど、雨の日には本を読んでくれたり、オルガンを

       弾いて音楽を聴かせてくれた。

   おかげで、ずっと音楽も本も好きになったのだ。

  でも、女先生はやさしい日と怖い日が交互にあって

  子どもながらに、まずごきげん伺いながらですから

       気を遣ってたよなあ。

  でもでも、すごく懐かしいし会いたいなあって

         思います。

     もうこの世には居ませんが・・


         続く・・・・・・

  


 

  
posted by わくわく村長 at 18:35| 高知 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 村長の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
読みながらほんとに「少年時代」が頭ん中BGMで流れてきたよ。映画のような世界です。自分の経験じゃないのに、なんか懐かしい気持ちになるのって不思議だね。
Posted by かんさん at 2006年01月26日 00:15
かんさんへ

ほんとうですか。ありがとうございます。
なんか時代が全く違うので、こんなんで
えいやろうかと不安にかられながらです。

でも頑張ります。まだまだこれからって
感じで・・・
Posted by わくわく村長 at 2006年01月26日 00:24
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