2006年01月22日

記念すべき100回


     やった〜わーい(嬉しい顔)100回記念です

 昨年の6月から書き始めてようやくこの日がきました。

 今日までおつき合いくださった皆様ありがとうございます。

 くじける日々もありましたが、ブログで交流できた新しい人生に

 感激しながら、あるいは励まされながらたどり着けたこと心から

 感謝いたしております。今後ともよろしくお願い致します。

    てなことで、新カテゴリもつくりましたよ。

 ぼちぼち、自分の人生も振り返ってみようかと思ってねえ。


 少年時代 1

 ぼくのこども時代って、現代とはまったく違った環境でしたねえ。

 山奥の分校で小学校4年生まですごしたけれど、いまでは、そこは

 山奥でもないんだなあ。きっと当時は、車社会じゃなかったから歩

 いたり自転車なんかが主流の交通手段ゆえに町から15q程度の距離

 とはいえ、時間がかかり山奥ってことだったんだろうかねえ・・・

 
 分校には1年生から4年生までの全校生徒が20数名だった。先生は、

 男の先生と女の先生ふたりだけ。自転車で通ってた。

 悪天候時には到着するのが10時頃になったり2時頃には帰ったりしてた

 から、必然的に自習時間が多かったりする。もちろん遊びが中心だけど

 いまみたいに時間に負われたり、競争したりなんてことがなかったなあ。


       村は美しかった


 春は幾重にも重なった棚田にレンゲの花が一面に咲き、チョウチョや

 トンボなどが目をつむっても網にはいるくらい飛び交ってたし、蛙なんて

 家の中だろうが庭だろうが、我が物顔でウジャウジャいたよ。

 牛で田んぼをおこし、イネは並んで手で植えるんだ。この光景がなんとも

 好きだったなあ。初夏の風に水田の匂いと、どこからともなく伝わる花の

 香り、そして大声で笑い合う人々の声なんかが混ざって心地よかった。

 みんなつらい生活だったと思うけど、活き活きとしてたねえ。

  
 夏は夕方になると決まって夕立があり、谷間に響き渡る雷のサウンドが

 天を裂かんばかりに怖かったよ。ひとしきりの雨が通り過ぎると

 ヒグラシがもの悲しげにカナカナカナ・・カナカナカナと鳴くんだ。

 うなぎやエビ、カニなんて田んぼへの小さな水路でも簡単に捕まえられる

 ほど居たなあ。蛍もすごかった・・何千匹もが一面に飛び交うし音がするんだ。

 あれは蛍の羽音なんだろうかねえ。表現ができないけど・・・

 電灯を消すと必ず部屋の中に何匹も入っていたもんだし、なぜ蛍は

 あかりを持っているのだろうと不思議だった。


 秋には棚田のイネが黄金色になり、畦を曼珠沙華が赤い帯を巻くんだ。

 ほんとうに美しくいつまでも眺めていたい好きな風景だった。

 刈り取られたイネは天日干しされ、柿の実が色づく頃モミとなる。

  
 やがて厳しい冬が来て、学校では薪ストーブが焚かれその横に

 みんなお弁当を温めていた。静かな山間に始業はじめの鐘がなる・・

 
 こんな村の生活や子どもの頃に悪さもした思い出から綴っていこうかと

 思います。ー(長音記号1)

  

  

 

 

 
posted by わくわく村長 at 01:23| 高知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 村長の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
村長、100回記念おめでとうございます!
新カテゴリー。これから記事がのるのかな。
楽しみにしてますよ。
Posted by かんさん at 2006年01月23日 05:00
かんさんへ

ありがとうございます。
昔を振り返るようになったらおしまいだ〜
なんて思ってたけど、どんどん忘れてしまうからねえ・・よろしくお願いします。
Posted by わくわく村長 at 2006年01月23日 09:05
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/12051969

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。